2009年8月30日 (日)

人物描写がなってない

 例によって出張中に読んだ本から、だが・・・。

 出張前に本を仕入れに行ったときに目についたのが、ちくま学芸文庫の「クルーグマン教授の経済入門」(ポール・クルーグマン/山形浩生 訳)。やっぱりノーベル賞はエラい、ということで買ってきたのだが、内容以前に訳がなぁ。

 原著がくだけた文体で書かれていることを根拠にして、訳のほうもくだけた文体になっているのだが、私からみた問題は語尾や語調に統一が取れていないこと。口語調で訳すのが悪いとは思えないが、これだけバラバラだと、話者を精神分裂症(といっても詳しくは知らないけど・・・)かお調子者に見せたいのかと思ってしまう。本全体の「口調」の印象から判断して、ご当人が「・・・なの。」とか、「・・・なにしとったんじゃ!」などと言うとは思えない。

 一方で、ジャンクボンドの帝王と言われているマイケル・ミルケンという人が、「いや、格付け低くても実は予想外に返せてますよ、利回りも高いし最高っす」という発言をしている(ことになっている)が、これはあまり気にならない。多分一回しか出てこないからだろう。

 落語で「人物描写」が大切という。こちらは面白ければいいじゃん、くらいにしか思っていなかったが、この本を読んでみると、確かにつまらないところで集中力が殺がれる。

 面白さを狙った文体を作り出すというのは、普通に訳すのに比べて何倍も難しいし、なによりもセンスが問われるはずである。センスがなければ悪ふざけになってしまう。別の本で、落語を面白くするコツは、「(もともと噺が面白くできているのだから)面白くやろうと思わないこと」というのを読んだところだったので、なるほどなぁと思った。

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2009年7月11日 (土)

出張中に読んだ本

 外国出張、特に欧米行きでは時差(Jet Lag)がきつくて眠れないのが普通である。ベッドに入ってボーっとしていてもしょうがないし、深夜のテレビも面白くないので(EUのエッチ番組は別だが・・・)、勢い本を読むことになる。飛行機の中も、スンナリ寝られればいいのだが、そうでない場合にはやはり本。

 今回も何冊か読んだのだが、一番印象に残ったのが、「落語家はなぜ噺を忘れないのか」(柳家花緑/角川SSC新書)。タイトルだけだと記憶術の本のようだが、実際は楽屋側から見た落語論とでもいうもの。

 落語家の評価として、「人物描写ができていない」、「面白ければいいのというものではない」というのがある。この本はどうしてこういった見方が出てくるのか、演者の立場から解き明かしている。落語の評論めいたものをほとんど読んだことはないのだが、多分、これほど分かりやすいものはないのではと思う。落語家側の心理がストレートに書かれているからである。

 最近は落語ブームらしい。個人的にそれほど興味があるわけではないのだが、それでも面白く読めた本だった。

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2009年6月21日 (日)

プロレスの逆説

 今年のGW、関西遠征のお供の一冊が「完本 1976年のアントニオ猪木」(柳澤 健/文春文庫)。猪木がこの年戦った「異常な」4試合と、現在の総合格闘技にまで続くその影響を書いたものだが、この本の中でプロレスは、フェイク、つまりあらかじめシナリオが決まった演劇のようなもの、として扱われている。

 中島らもが書いていたと思うが、TV放送が終わる直前になぜか決着がついてしまうメインイベント(エベント?)だとか、アメリカから来たチャンピオンが、来日初戦で日本人にタイトルを奪われるも、離日直前のマッチで取り返すとか、まあ、考えてみれは怪しさいっぱいである。最近ではWWEやハッスルのように、「演劇」方向に肥大したプロレスも。最近の情報源は100%東スポ、競馬面(とエッチ面?)を読んで時間が余れば読む、という程度の興味なので、詳しくは知りませんけどね・・・。

 そんなプロレスで死者が出てしまう。週中の東スポで、武藤敬司が「バックドロップを受け損なうなんて・・・」と言っていたのが印象的だった。見るからに危険そうな技は、相手が的確に「受ける」ことを前提に成り立っているのだろう。

 上述の本には、なぜプロレスが、リアルファイトを捨てショー化していったのかについても書かれている。要するに、観客から見て「取っ組み合いは退屈」、ということだと。ある種のイリュージョンを現出させるために、事故と隣り合わせの危険を冒す。鍛えられた技術は、見えないところでひっそり使われる。そして、決して相手を傷つける意図はないのに、悲劇が起こってしまう・・・。

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2008年10月13日 (月)

大阪放牧(4)

 競馬は熱が出そうな結果。アドマイヤ軍団(フジ、モナーク)の軍門に下る。それにしても武豊、確かにあの好スタートではしょうがない部分もあるが、何とも納得感のない負け方。ある意味、今年の流れを象徴しているレースだったか。

 競馬は冗談としても熱が出そうな雰囲気なので、夕食まではおとなしく部屋でテレビ+「窓から鉄道」。そういえば、今日環状線に乗っているとき、「玉造」、「桜ノ宮」という駅名を聞いて、中島らもを思い出した。ミスターヒトの料理屋なんてまだあるのだろうか? 本でしか知らない奇妙な土地カン。「大阪王将」で簡単に夕食を摂り、早々に就寝。

 翌朝(10/13)、5時半頃目が覚める。朝食を摂り、8時前に出撃。まずは東海道線で大津へ。琵琶湖や遊覧船(Michigan)を見た後、浜大津で京阪を撮影。地下鉄乗り入れ用800系、石山坂本線の車輌を押さえる。広告車輌が多いが、やはり京阪は緑のツートーン。山科まで京阪→JRで京都へ。山科までの道は峠越えでムード満点、地下鉄乗り入れ前に来ておくのだったなぁ・・・。

 京都駅でパスタを食べ、いろいろ撮影していると、「京都-姫路間で運転を見合わせ」という不吉なアナウンスが。この後山崎へ回る予定だったのだが・・・。おとなしく宇治に行って観光でもするか、という考えも頭をよぎったが、結局、東福寺→京阪で四条→阪急で大山崎というまどろっこしいルートで山崎へ。ただ、乗り換えついでに四条の街を撮影、やはり観光もしませんとねぇ、という気分にもなって・・・。

 例によって例の場所、駅から徒歩20分。一時間強でまずまずの戦果だが、「スーパーはくと」を撮り損なったのは大きな減点。大山崎から阪急で梅田へ、ここからはカメラ屋さん回り。欲しいものはあったが、高いよなぁ「大林価格」は・・・。ついでに明日の分のカッターシャツを買わないといけなかったのだが、梅田のデパートは若者向けの(破れた?)ヤツか、ビジネス向けのものに二分されていて、けっこう苦戦。なるほどUNIQLOはいいとこついてるなぁ。何とか折り合いをつけて18時頃ホテルに帰ってくる。まあまあ風邪も抜けた感じ。

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2008年2月 5日 (火)

Son of a BIT

 Son of a BIT - 内原恭彦

 大竹昭子さんが帯で「圧倒的な量感」と書いているが、私がこの写真集から感じるのは「色」である。それも、自然のものではなく、ビニールのような人工的な色。例えば、海上自衛隊の飛行艇の写真では、船体に蛍光オレンジと黄色の帯がなかったら写真を撮っていなかったのではないだろうか。

 もう一つ気が付くのは望遠を多用していることで、いわゆるスナップとは一線を画している。興味を引くものを真ん中に持ってくる構図が、パースの圧縮効果やボケと相まって、視点を中央へ中央へと呼び込む感じがする。

 被写体はアジアや日本の雑然とした町並みやゴミ捨て場。いかにも・・・、という気もするが、個人的には強い共感を持って見ることができる。写真そのものはストレートだが、その分の強度をしっかり持っているすばらしい写真集だと思う。

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2007年7月29日 (日)

先生とわたし

 四方田犬彦の本は割合好きで、本屋で見かけると買う感じである。ただ、ここ数年は出版のペースが速く、全部付き合っているわけではないが・・・。「先生とわたし」は自身の師との曲折をつづったもので、世評に違わぬ出色の作品だと思う。

 ただ、ここに書いておきたいのは、その「世評」についてである。先生と疎遠になった理由が、簡単に言えば「わたしへの嫉妬」である、と書かれていることに対し、「偉そうに」という感じの記述がInternetで何件か見られたが、さすがにちょっと違うのではないか。

 「先生」が抱いた感情を分析的に言えば「嫉妬」なのだろうが、それはそんな理知的なものではなく、そこはかとない「いらだち」、それも弟子との比較においてというよりは、本質的には自身が年老いて昔のようにはいかなくなっていることについての、という気がする。そして、そのことに「わたし」が気づいたのは、自身もそういった感情を抱く年齢になったからで、「わたしへの嫉妬」を先生に見て優越感に浸っているようには読めない。「わたし」の心中は明確に語られていないが、ここに漂っているのは、年齢を重ねること - 特に「師」として - の苦渋なのではないだろうか。

 「偉そうに」というのが、著者への「嫉妬」でしかないということは分かっているが、それにしてもここまで悪く読まなくてもいいのではないか。それとも、感情を抑えることができなくなっているのだろうか、年老いた「先生」のように・・・。

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2006年7月20日 (木)

なかなか読ませる

 最近の東スポがなかなか読ませる、といっても「張道完の玉門占い」とかではない。最近では「エンタメ戦闘区域」がお気に入りである。今週はナポレオンズだが、落語家、漫才師や漫画家など、興味深い人々の経験や逸話が満載で、電車の中で結構熱中して読んでしまう。多分外部のライターに取材を依頼しているのだと思うが、ターゲットの人選を含めてスポーツ新聞としては異色の連載になっていると思う。
 あとは金曜日付けの「謎と疑問」や木曜の「ネット刑事」もなかなか面白い。考えてみれば、コラムに関しては、執筆者の顔ぶれや内容の充実度等、スポーツ新聞随一ではないだろうか。しかし、東スポのコラムに感心するようになるとは、と思わないでもないが・・・。

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2006年7月 2日 (日)

のりたまと煙突

 全国紙三紙のうち、書評に関しては朝日が一格上ではないだろうか。普段はWebで見るのだけれど、朝日の日曜朝刊は書評のためだけにでも金を出す価値があると思う。この「のりたまと煙突」もその書評欄で見つけたものである。
 星野博美さんはもともと(今でも?)写真家で、私は人が写っている写真は好きではないのできちんと見たわけではないのだが、「ホンコンフラワー」は随分話題になった記憶がある。文章もうまいという噂も聞いていて、一度読んでみたいと思っていたのだが、「のりたまと煙突」は評判に違わぬものであった。
 内容は朝日の書評欄を参照して欲しいが、ひとついいなぁと思ったのが、おそらく時間に沿った書き下ろしだということ。時を経るにつれ、筆者の関心が、社会的なものから個人的なものへと収束していく様子が印象に残る。また、連載をまとめたもののように、テーマに対して文章が長過ぎ短すぎ、という違和感がないのもいい。
 最後に、朝日の書評の担当が中条省平さん、というのもポイントが高い。褒められている本に興味を持つかどうか、そして最終的に買うかどうかは、誰が書評を書いたかが大きいのだ。「銭湯の女神」も捜してこよう。

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2005年8月10日 (水)

ブックカバー

 最近単行本を買うと、「カバーはどういたしますか?」と聞かれるのがお約束になっている。カバーがないと電車の中で読みづらいこともあって欲しいといえば欲しいのだが、大抵の本屋のカバーはデザイン的にちょっとというのが多く、結局のところ、市販の革やらビニールやらのカバーをサイズに合わせて一通り揃えてある。(そんなにいかがわしいモノを読んでいるわけでもないのだが、でもタイトルが「ヨコモレ通信」だとさすがにな、と)。 でも、本屋のブックカバーにもお気に入りがあって、それは八重洲ブックセンターの花柄のカバーである。最近駅の反対側に大きな本屋ができ、また、私が東京駅を利用する場合にはそちらのほうが圧倒的に便利なのだが、単行本や新書・文庫に用がある場合、「花柄のブックカバー」に引かれて八重洲口に向かうことも間々ある。こう書くとよほどすばらしいもののように聞こえるかもしれないが、他の本屋のカバーがあまりに投げやりなだけなのでは、という気も・・・。

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